霊識の初覚醒(23)
道の中に身を置いても、道を知らない。迷いの中で道を見失う。これは霊識が初めて覚醒した者によく見られる問題である。さらに外に向かって名師を求める。
ある一つの門に入っても疑問が解消されず、また別の門を探す。老行者に口を開かれ、東へ指し西へ描き、千回もぐるぐる回される。または、玄妙な理論に惑わされて頭が混乱し、何が何だかわからなくなる。手がかりもつかめず、修行すればするほど不安と恐怖が増していく。一日中疑心暗鬼になり、不安でたまらない。修行の迷失は、不修行では迷わない。しかし修行すればするほど混乱する。軽い者は人としての本分を失い、倫常の道から外れ、妄想で仏になったり神仙になったりしようとする。老行者に驚かされて呆然とする。もし本当に成就できるなら、古今東西で誰が成就したというのか。深刻な者は魔道に入り込んでも自覚がない。神仙が下界に降りてきたり、古仏や菩薩が願いを持って再来したりする過去世の一幕一幕は真実のように語られる。しかし、自分自身はそれを真実だと思い込む。他人に修行を勧めながらも、その内容は全て玄妙で理解し難い奇妙な道ばかりである。他人が教えを求めても、「法外の法」や「天命」の話、「累世業縁」や「冤親障害」、「神霊による圧迫」など、多くの神鬼の言葉が混ざり合う。その結果、来た者は疑念だらけになり、不安でたまらなくなる。そして魔幻的な鬼によって心を失う。
道は心から離れない。道中に身を置いて真理と神性を体験することは、一瞬たりとも離れてはいけない。もし自心の作用を理解しているなら、それこそ覚醒への道を歩む修行者である。しかし道中で何も知らないことは霊識初覚醒最大の障害となる。もし自心こそが道だと理解できず、自分自身の心を浄化せず、自分自身の心を明確にせず、自心こそ本師であることを認識できなければ、神通感応や法界の奇妙な幻影に迷わされてしまう。そして法界から発信される情報に踊らされ、自分勝手に修行していると思い込む。しかし結局道を見ることなく、本心を失ってしまう。
by-劉鴻銘老師