霊識初醒(25)
天地万物は心によって存在する。宇宙の万象も心によってその無常の変化を知る。もし人の心が一つ失われれば、天地は何を存続させ、万象は何を変化させるのか。天地万物の存在を感じる。
宇宙万象の変化は、すべて心が感じ取ったものであるからこそ、その存在と変化を知ることができる。人は天地の間に立ち、天候の変化や万物の生育を感じ取る。世の人々はそれぞれ異なる感覚を持ち、すべての生き物の心性も異なる。修行や業もそれぞれ異なり、観察する世界もまた各々異なる。古聖先賢たちは心を通じて宇宙と人生の真理を体悟し、それを文字に表した。その言葉はすべて心の作用である。もし自らの心を明らかにすれば、天地や人生もまた自らの心から来るものだ。
世人がなぜ善悪の業を持つかというと、それは生き物たちの心性がそれぞれ異なるからである。善悪とは生き物たちが自ら評価したものであり、善もまた善ではなく、悪もまた悪ではない。善には悪習が混ざり、悪には善意が含まれている。善を見ると喜びが生まれ、悪を見ると憎しみが生じる。苦楽は交互に起こり、それはすべて行動において善悪に執着することから来ている。そしてあらゆる事柄を分別する。
行修趣二つに分かれる。善悪行中に隠れている。二元的な対立が生じる。
愛憎心は起こらず。不二も一ではない。それでは煩悩とは何か?
行修して二つに分かれることを去りなさい。善悪は思議であり、一元的な反復が始まる。
清浄な真実を見る神、自ら本来の人を見る。本当の顔を見ることになる。
真実な心を知った者こそ法中王であり、自らの心で成し遂げたものだ。
by-劉鴻銘老師
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