対して「霊修」についてあなたはどれくらい理解していますか?
「霊修」という言葉は皆さんにとって非常に馴染み深いと思いますが、最近の数年間、多くの修行者がなぜ修行や霊修に悩まされ続けているのか、また「心の出口」を探し求めているのかをご存知でしょうか?
これは、私たちの「霊」がすでに待ちきれない状態であるか、あるいは我慢できなくなっているからです。彼らは、もし再び霊源を取り戻し、源頭との「修真」の道に適合しなければ、この人生の修行試験は「白紙提出」になってしまうことを知っています。そうなると、彼らが焦らないわけがありません。
一般的な修行者がよく見落とすことがあります。それは、自分の肉体(仮我)を真我として扱い、この地球を永遠の故郷だと思い込んでいることです。しかし、「霊源の故郷」は肉眼で想像できるものではなく、識神仮我と「真我」の先天的な霊を同列に扱うことなどできません。
しかし、「輪廻を断つ」ために道を学び、修行し、自身の霊格向上に努力する決意を持つ修行者はどれほどいるのでしょうか?大多数の修行者は、道を学びながら功徳を積み重ね、宿怨を清算し、静坐禅定や陰陽両利によって徐々に功徳を積むことで、精神的な昇華への確固たる基盤が築けるとは疑っています。
道を学ぶ際には理解すべきことがあります~識神について:
識神とは身体の脳内で形成されるものであり、生物体の行動を制御する意識体です。生物体は誕生した瞬間から、自身の身体(皮膚や神経も含む)や感覚器官によって天地間さまざまな事物から情報エネルギーを受け取ります。
これには風雨や光影、陰晴や寒暖、音声などが含まれ、人間という生物体は人文事象も絶えず受け取ります。特に大量の知識や生活指導も受け入れ、大脳内には多くの知識情報と事物情報が蓄積されています。
大脳には特殊な生物性情報処理機能があります。この大脳機能と情報エネルギーとの間にはエネルギー回転機構が生じ、大脳思考が形成されます。それによって、新しい情報が不断に複製・進化・創造・精製され、大脳内の情報は急速に膨張します。
その結果として情報エネルギーも増大し、情報エネルギーフィールドが形成されます。このフィールドにはエネルギー感応性があります。この感応性はさらに強化され、大脳機能と合成されて…身体機能を制御する意識体となる、それが識神です。
しかしどんなに強力な識神でも、大脳機能や蓄積された情報によって制約されています。人間の思考は千差万別であり、大脳機能以上の思考能力は生じません。また蓄えられた知識情報以外への思考能力も発揮できません。
したがって、人間の思考は必然的に大脳機能および蓄積された知識範囲内に限られます。識神と大脳機能との混成こそ、生物体として有機的構成となり、人間の感情や欲望なども識神と密接に関連しており、それらすべては識神による作用と制御下で発生します。そのため、人間の識神には感情や欲望という要素があります。
道を学ぶ際、その目標はいくつか以下に分けられます:
1. 自己理解を深め経典解析への理解を深める。
2. 知恵を増長させ世俗から解放される。
3. 修行によって生死への淡泊さを見る。
4. 修行によって自身の霊的源泉・霊脈・認主帰宗へ向かう。
5. 修行によって霊的悟り・浅悟・漸悟・頓悟へ至る。
6. 修行・静坐・禅坐による鍛錬で気質改善。
7. 仙道気功による霊的昇華及び向上達成。
どんな基準であろうとも、それぞれ自分自身身心霊という三つ領域から離れることなく、その偏り方次第では自己霊性成長にも影響します。
物質世界が文明化するほど心灵世界は空虚になり、その上外部環境から圧力も加わります。それゆえ内憂外患と言えるでしょう。「心灵出路」を見出せない場合、それはまるで列車が軌道から外れるようになり、多くの場合弊害だらけになります。
これは現在多くの修行者や霊修者たちが直面している心灵的困難です。彼らの日常生活では人生への興味喪失感があります。「何故この世へ転生したのでしょう?」方向性も目標も見えず希望やビジョンも無く、「一体何故私は修行するのでしょう?何故努力するのでしょう?何故奮闘して忙しくしているのでしょう?」
あまりにも多く疑問ばかりですが、本当に解決不可能なのでしょうか?違います。当初妙德老師(ミャオデ老師)は逆境によってほぼ生存意志すら失いそうでした。しかし幸運にも妙心師父(ミャオシン師父)の伴侶として精神的指導や癒し、および精神資糧補充(正式な道聖門学習プログラムへの参加)のお陰で、一年以上善書寄贈活動など支援していただきました。
晴天でも台風の日でも雨の日でも続けて善書配布活動や各宮殿寺院堂所書棚整理清掃など実践しました(恐れず施し)、善書印刷支援…等々善業活動のお陰で心灵状態も徐々に底辺から這い上がりました。このような心路歴程こそ当事者以外には理解できないものです;
しかし苦難の日々経験したあなた/あなた方ならば、多様な人生経験から他者救済時には靈子士たち悲苦境地への共鳴感覚得られるでしょう。「ローマ建設一日ではなし」と言われますように、一歩一歩着実累積成果こそ必要です。
それゆえ全て靈媒・靈乩・通靈者……等々との靈信号受信について,もし靈子士たち自身下手になることで天地万物融合し,真実演繹過程通じ自分自身思考することで,その瞬間受信した靈信号こそ自己欠如点排除及び補完動作となります。
凡塵中全て事象、有情眾生言えば二元対待世界中存在します。この陰陽二極制約明確化出来ぬ限り,本当に身段下げ放棄出来ません。常時是非正邪中立場,人類特有心理観念影響着実判断選択肢となります。
もしこの二元制約破れば、有情眾生存在今現在超越根本可能性あります。またこの二極化制約大転換起こせば,再度業因業果業障及び累世縁結ぶこと無く,自身絡み取れて脱却昇華不可能になります。
聖賢曰く:「万般皆因緣註,命知命了苦」。世間万象全て因緣存在します。そして生命過程中,各人異なる因縁使命持つ逆境来臨時こそ~
「旧業消滅苦根解脱」出来れば,道学因縁良好把握出来ます。そして尽力尽心得獲得最重要もの—慈悲与智慧。この人生舞台上,各人異なる役割位置、「排斥せず比較せず」……
さらに嫉妬心抱いて悪口言ったり対待したり得失心抱いてはいけません。「他人成功受容欣賞他人特色」これこそ智者無為境地です。包容心与智慧持ちこの全て人事物観察できます。
美しい花には緑葉必要、美しさ引き立つため人生大花園中各花各葉それぞれ存在価値持ち否定されるべきではありません。道学最重要なのは「如何自分輝きを放つ他人光与輝き(光環)受容」です。
by-鳳凰山脈 慈凰宮