真気の修練…上篇
伝統的な静坐養生功法は、実際には五千年前の黄帝時代に遡ることができます。《荘子》によれば、黄帝は広成子という名の人物に長寿の道を学ぶために尋ねました…。
広成子は言いました。「無視無聴、神を抱いて静かにし、形は自然に正される。必ず静かで必ず清らかであり、あなたの形を労わってはいけない。あなたの静けさを労わってはいけない、それが長生きにつながる。目には何も見ず、耳には何も聞かず、心には何も知らず、あなたの神は形を守り、その形こそが長生きする」。この精緻な論述は、実際には静坐中の真実な感覚と長生きの道について述べています。
静坐の意義は単なる養生や悟りだけではなく、それはまた学習を促進し、記憶を強化し「脳細胞を活性化」させることにも寄与します。《道樞》には「虚静至極すれば、道居て慧生ず」とあります。静坐は力を増し、養生や病気治療だけでなく、悟りや知恵を開くことにもつながり、宇宙間の人生大道に気づくことができます。
アメリカ・イリノイ大学の科学者たちは40名の学生に対して静坐~について生理的実験観察を行い、その結果:たった5~10分間静坐するだけで、人間の脳が消費する酸素量が17%減少し、それは深い睡眠7時間後と同等の変化であることが示されました。同時に血液中に存在する「疲労素」と呼ばれる乳酸濃度も異なる程度で低下しました。静坐は自然で快適であることが重要であり、その妙技は自然に成り立っています。静坐の鍵は「忘我」の状態で入ることであり、このようにして初めて人生大道や世間真諦《開悟》を証明できるようになります。
天地宇宙はまるで風箱のように生命力に満ちています。もし天人同道ならば、人間体内の気が修練されることで風箱効果が生じエネルギーを生成します。有形な呼吸から無形な「真気」が生まれます。
真気を修練することで、単なる養生や長寿だけではなく、道徳心性にも良い影響があります。これは性命双修となり、内外両方から得られるものです。しかし、「無人無我」「内外如一」「古人得道」の境地を理解するためには修行と修練を実践しなければならず、それによって体験と理解が得られます。
皆さんご存知でしょうが、静坐中にはまず雑念を排除し目を微かに閉じる必要があります。この行為は物事と自分自身との両方忘却する助けとなります。そしてさらに重要なのは脳への健康効果や悟りへの影響です。また脳も私たちが功夫(クンフー)する際、とても重要な上丹田(しょうたんでん)の部分です。
さらに私たち人体内には六つの主要な内分泌腺体があり、それぞれ様々なホルモンを分泌して細胞機能を調整しています。上丹田には脳下垂体と松果体があります。十二重楼(じゅうにじゅうろう)には甲状腺と胸腺、中丹田(ちゅうたんでん)には副腎と膵臓(すいぞう)、下丹田(したんでん)には性腺内分泌系があります。
命功(めいこう)の観点から見ると、丹道修練の重点は人体六大内分泌系統への刺激によって長寿と潜在能力《智慧開発》向上という目的へ到達することです。
静坐による気功練習では真気や先天一気(せんてんいっき)を修練します。身体磁場本来微弱ですが、静坐によって体内電阻(電流抵抗)排除し身体磁場強化します。そして身体内部から消失した潜在的電力エネルギー再び引き出して拡大します。人体感応エネルギー修練しエネルギー吸収し氣養い溶解エネルギー機能増加させます。
誰もが生命個体として属しており絶対的に同じ因果関係など存在しません。この数年聖事開催以来、一つとして同じ運命や類似した運命などありません。「運」は自ら心から起こす動念によって実行されますので、人間意識型態24時間絶え間なく変化しています。
思念起こりまた消え…このように永遠循環しています。「これこそ私たち累世累生輪廻種子」ですので毎日時間利用して静坐練習必要です。そしていつでもこの「心猿意馬」の心を見ることでき、「起心動念」とその思考幻滅《断念&止念》できるまで達成しましょう!
妙徳法語:
心灵喜清靜,德性本自具。
執法迷障深,心靈顛倒過。
無知難入道,無明障聖道。
心妄煩惱起,心癡盲追逐。
無始業障惱,貪求魔軍招。
煩惱傲慢生,修羅道難逃。
法執念頭轉,淺悟真理尋。
開悟非死鑽,僅在執念放。
by-鳳凰山脈 慈凰宮