霊識の初覚醒(35)
よく質問されることがあります。これは初めて目覚めた人々を常に悩ませるかもしれません。仕事と修行、どちらが先でしょうか。または、修行に入った途端に法界のメッセージによって仕事ができなくなることもあります。あるいは、仕事に対して無関心になることもあります。その結果、日常生活がうまくいかず、多くの障害が生じます。
霊識とは何でしょうか。簡単に言えば、それは魂の意識です。西洋の心理学で言うところの潜在意識です。自分の身体の神経を例えに使うと、誰もが周辺神経と自律神経を持っています。周辺神経は意識によって制約されますが、自律神経は無意識によって支配されます。それは自発的な運動です。だから、お腹が空いたら食事をします。それは霊識の働きですが、味覚による判断を通じて、美味しいかどうかは意識の働きです。食事や睡眠はすべて霊識の作用ですが、あなたはそれを認識していないだけです。一人が順調な状態にあるとき、精神的には比較的リラックスしています。霊識と意識はそれぞれ役割を果たし、お互いに干渉しません。しかし逆の場合、人が逆境にいるときには精神的にも負担があります。悩みやストレスが重く、自我意識への執着から精神的混乱を引き起こします。(意識が自我霊識を認知しないため、「恐れ」や「疑念」が生じます)心身ともに耐えられなくなります。そのため、霊識が主導権を握ります。この状態を霊識初覚醒と呼びます。(この霊識初覚醒は修行によって現れるものではありません)
霊識(潜在意識)には多くの善悪の因子が蓄積されています。霊識が一度顕現すると、その中に隠れていた善悪の因子が揺り動かされます。そして自身の意識も混乱し、精神的にも疲弊し、自分自身の霊識さえ認知できないため、初覚醒者は常に不安定な心境になります。不安や恐怖、疑念などの感情が絶えず続きます。そのため、初覚醒者にはまず心を安定させることが最重要です。不安や疑念を解消し、心中の結びつきを解放する必要があります。そうすれば心も自然と安定します。しかし、多くの場合初覚醒者はその心結びつきがどこにあるかわからず、それをどう解放するかもわからないものです。もし懺悔せず、自省もしなければ、自我への執着から解放されません。他者との感情的な結びつきを感じたり、善悪について世俗的な見方で考えたりすると愛憎も生まれます。それではどうやって平穏を得るのでしょうか?平等に生きることこそ、生き物たちへの示唆となります。
初覚醒者にはまず安心する方法があります。それはつまり、自分自身の初覚醒現象について理解することです。それは自己霊識による作用であり、それに真摯に向き合うことこそ私なのです。そして自分自身に合った安心法を見つける必要があります。なぜなら、自分だけがどこで迷いや情欲につながれているか知っているからです。そして自ら生じた妄想欲望によってどこで縛られているかも理解しています。そのため常時自己反省し、この迷いや妄想欲望という心を抑える必要があります。ただ自分自身しか抑えることはできません。他人との比較や反省なしでは解決策などありません。そして仕事とは生活的一部であり、不乱な心であれば生活も管理できます。本来すべきことをすれば良いだけですので、初覚醒現象によって惑わされないよう注意してください。「修行」に執着することこそ今あなたが進むべき道なのです。しかしもし心が安定していれば、修行と生活維持との間には調和とバランスがあります。そして修行への執着ではありません。というのも初覚醒から真実なる目覚めへ至る道程は一朝一夕では達成できません。また良縁や良師匠なしには、自力で悟り明らかになる道でもあります。そのため修行とは長い道なのです。如果連生活管理さえできないならば,如何して修行について語れるのでしょう。
by-劉鴻銘老師
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