目の相について
1:古代の聖賢たちは人相学を非常に重視しており、迷信や非科学的なものとは見なしていませんでした。国家を治めるためには、
まず人の相をよく観察し、人の心を理解することが必要です。それによって人を管理し、国家を治めることができます。例えば孔明、張良、管仲、徐茂公など、数えきれないほどの例があります。孟子は言いました:「人を見るには目が最も良い。目は悪を隠すことができず、心が正しければ目も正しい。心が不正であれば目も曇る。」
2:目は魂の窓であり、そこから一人の心性、健康、寿命、知恵、品徳、虚偽、誠実、賢愚、忠奸、威厳、高貴さや卑しさ、人間関係などを見ることができます。
目の状態は、その時の運勢に大きく影響されます。目からその人の内面的な世界や心情を読み取ることができるため、眼相は人相学において重要な指標となります。
3:目は人体の大脳と小脳と直接関係しています。大脳は思考や思考システムを主導し、小脳は行動運営システムを主導します。
大脳が命令を出し、小脳がその命令を実行しますので、一人が正常に行動するためには、大脳と小脳との連携が必要です。
額は大脳組織の表れであり、額が広くて豊かであれば、大脳組織が健全であることを示します。また、目が明るく輝いていることは小脳組織が健全であることを示しています。
4:目は陰陽神出入りする場所であり、その善悪もここから見ることができます。
目は運営システムと思考システムの交差点であり、おでこ(印堂)は思考システム—大脳組織の中心です。
山根(眉間)は運営システムの中心であり、目は私たちの思考システムから引き起こされる心性や知恵、および運営システムから引き起こされる精神や能力との交差点です。
5:目は私たち一人ひとりの七情六欲(七情とは喜怒哀楽愛悪欲)を司っています。
六欲とは六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を指し、人間性を見る上で重要な場所です。
心正しければ眼も正しく、不正ならば眼も不正になります。眼に神気(気力)があれば福禄がありますし、その量によって福禄も変わります。
眼に病気があれば心にも病気があります。その結果として命にも凶兆があります。
6:眼は秀麗かつ正しくあるべきです。眼角(まつげ)の先端は丸みを帯びているべきです。また後端(まぶた)は刃物で裁ったように平らであるべきです。
白黒分明な瞳孔と漆黒で美しい眼球、大きく輝く神秘的な光彩があります。また眼神(視線)は強く旺盛ですが外に漏れないようにするべきです。このような特徴こそ秀麗さの表れであり、その持ち主は聡明で能力豊か、多才かつ計画実行能力があります。
7:両方の眼距離は一つ分程度であり、それ以上長すぎず短すぎないようにします。
眼尾(まぶた)が下垂してはいけません。また瞳孔(瞳)は真ん中に位置しているべきですが上や下また左右にも偏ってはいけません。同じサイズと左右対称になっているべきです。このような人物は聡明かつ公正無私であり、本業また道理ある方向へ進むでしょう。不正や策略には走らず、高潔な人物となります。
8:もし美しいけれど不正確な眼の場合、その人物は頑固自負、自身だけではなく他者への配慮も欠如してしまいます。その結果として善終には至らないでしょう。
もし一個体として美しく整った瞼ならば、自身内なる七情六欲へのコントロールもうまくでき、不適切にはならず清らかな気質となり、一生円満安定して幸福と繁栄があります。そして子供たちも優秀になり成果も良好になります。
9:丸くて大きい目の場合、その視線は散漫になりやすく性格的にも浮ついて勝ち気ですが智略不足となり財産集めにも苦労します。しかし才能豊か異性との縁も良好なのでお金儲け能力には優れています。ただ貴族的になることには難しいでしょう。
10:細長い目ですと視線集中力高まり散漫になりづらいですが、更に二重まぶたまた単一まぶただけでも遮断者との組み合わせの場合、その持ち主は内向的ながら智勇兼備となります。そして貴寿得彰となります。
by-陳開通先生